1999年8月5日-8月7日 ホンダXLR250Rバハで行く北海道ツーリング 敦賀>舞鶴>室蘭 道内1日目 [北海道ツーリング]
*この1999年の北海道。写真はあっさり見つかりましたがメモがありません。ですのでコースは推測で書いてるうちに思い出せれば吉、ぐらいで中身のない記事になるかもしれませんがその辺ご勘弁を。*
1999年8月6日 北海道へ行くに当たり、弟からXLR250Rバハを借りて荷物を積み込みました。リアにはRVボックスをネジ止めしてあります。(このバハ、お察しのとおり、先日レストアした個体そのものです)1988年式なのでこの時点でも登録からすでに11年経ってますね。ただでさえケツに優しくないバハのシートに、振り分けサイドバッグのベルトがー。これは大失敗でした。ツーリング中ずっとシートのベルトの無い所を探りながら座ることに。
バハを借りたのはクソ重たいR100GSはもう使いたくなかったからです。原点へ帰ってみました。今年こそロングダート走るぞー。
高速を使い、新日本海フェリー敦賀フェリーターミナルへ。今と違い、敦賀からは苫小牧東港行き、舞鶴からは小樽港行きという航路は決まっておらず、このときはどちらも小樽行きです。
敦賀からこの年の7月に新規開設した苫小牧東港へ行く便は、新潟、秋田を経由する便しかなく、そっちだと32時間かかりますので現実的ではありませんでした。(まあ、今ならそっち選びますけどね。いいですねえ32時間の船旅。)
いきなりですが同日の昼間?。日本海のどこかです。ゆうかりかすいせんどっちだろ。って写真の日付はまだ6日。あれ?出港って昼間だったっけ?いや確か当時は23時30分だろ?出発が6日で翌日の船上も6日?(この写真の日付が今回のルートや時間の推測を困難にすることに。後述)
朝食はR100GSでの1996年と違い、バイキングではなくグリル方式。つまり定食屋システムです。多分これで1500円ぐらいかな。
小樽港着。同時に敦賀便と舞鶴便と2船着岸するのかー。暗いから午前4時着の便だよな。だとすると到着は8日朝のはず。なぜ7日?(2019年現在、舞鶴発が23時50分で小樽着が翌日20時45分なので約21時間ですが、当時の船は29時間かかってました。この朝4時着っていうのが良かったのに。20時だと1泊必要になるから。でも当時の新日本海フェリーはトラック便や鉄道便との競争で高速化する必要があったのです。実はフェリーは乗客や車を運ぶのは副業で貨物輸送こそが本業なんですよー)。
出発が23時30分。到着時刻は翌々日の午前4時なのでこの写真の日付は8月8日じゃないとおかしいのです。なぜなんだー。(この矛盾は後でもう一回出てきます。必死に考えて原因を推測しました。後述。)
1999年8月8日。(写真の日付はおかしい?)午前4時30分スタート。まあ今回もオヤジの家に1泊するんですが。初めての新日本海フェリーでの小樽着。いつもとは違うコースで。国道5号線を西へ向かいます。ここ余市のニッカですが朝早すぎて開いてません。どっちにしろ試飲もできませんけど。
前年開設の道の駅「スペース・アップルよいち」でトイレ。残念ながらこの道の駅、2008年に閉鎖したそうです。・・・コメントで頂きましたが、閉鎖したのは核になっていた、余市生まれの毛利さんが宇宙に行ったことを記念して作られた「余市宇宙記念館」でした。こちらも2010年に町営として復活したそうです。
前回のR100GSでのツーリングから2年開いたということで、やや新鮮さを取り戻した北海道ツーリング。ところがこの年は、北海道を猛烈な猛暑が襲って、初めての連日35度超えのツーリングとなりました。いやあ、北海道でこれはきつい。そういえばガソリンスタンドの兄ちゃんが「道産子はこの気温じゃ生きていけません」って言っててほんとに死にそうになってましたっけ。
ありゃー、今回も持っていったフジのカメラ、ティアラもグロッキーだ。というか、このカメラの前に使ったキャノンオートボーイもそうだったけど、セルフタイマー撮影時にオートフォーカスがうまく機能しないんですよねー。(自分でシャッター切ればちゃんとフォーカス合うんだけど)
初めての北海道ツーリングで着ていった、ベンチレーション付きのラフアンドロードのピンクジャケットとGパンという軽装に、登山靴を作ってる「ゴロー」が作ったバイク用のゴアテックスショートブーツを履いてきました(当時で5万円)。この靴、その20年後の2019年現在でも履いとります。さすが登山靴レベル。靴底もビブラムソールなので張替えができるんですよー。高価でしたが十分元をとりました。
国道5号線から国道229号線に移って海岸線を快走。弁慶岬でトイレ休憩して、島牧村で見つけた本目岬灯台。
これどこだろ。
道の駅「よってけ!島牧」でこんなの購入。初めての道の駅スタンプラリー帳。
というか今回この記事を書くに当たり、これを見つけたときは「やった、コース推測の参考になる!」と喜んだんですが。なぜ?なぜ日付だけ?スタンプは???。しかも7日だよ。写真の日付あってるじゃん。つまりこの日は間違いなく8月7日。でも、ということは最初の出発時の昼間の写真の6日は5日じゃ無いとおかしいじゃん。
あとね。
スタンプ押してあるところもあるんよ。中札内だけ。
そして日付も2個だけで終了。もっと寄ってるはずなのに。なんのために買ったんだよこれ。(ただこのぶっきらぼうに記入された日付のおかげでカメラの日付とのズレの原因がわかるわけですが・・・後述)
ちなみに当時の道の駅は62個。今は倍以上あるよね。
瀬棚町(現せたな町)から国道230号線で噴火湾の長万部方面へ。途中今金というところで巨大なループ橋を発見。上がってみると崖の上の小さな部落へ上がるためだけの道らしいです。光大橋という名前が写ってたので場所はかんたんに特定できました。
国縫(くんぬい)から再び国道5号線で今度は小樽方面へ戻ります。ここで初めて(初めてばかりだな。これもマンネリ回避のため)カントリーサイン集めをしようと思い立ちました。「水曜どうでしょう」なんてその存在も知らなかった頃です。(HTBの番組なんて愛知でやってなかったのよ)
「おしゃまんべ」で金谷本店に立ち寄り、かに飯を堪能。
「やくも」。おー、カントリーサイン集めで俄然楽しくなってきた。けど、この八雲町。上の地図を見てもらうとわかりますが、長万部のずっと南(E地点:あとから追加しました)なんです。しかも先の今金町からこっちへ行くルートもない。つまり室蘭行くのにこっちを通るはずがない。なぜここに???道は国道5号線だよなあ。意味もなく往復したのか?
しかもこのあと伊達市とか室蘭市とかのカントリーサインをスルーしてる。何やってんだか。
国道37号線を南下。もうこのブログではおなじみの室蘭湾を渡る白鳥大橋が見えてきました。
今までと違うのは、渡れること。そうです、1998年に「白鳥新道」完成しましたー。ぱちぱちぱち。しかも有料道路のはずなのに暫定無料とのこと。
白鳥大橋のたもと。白鳥大橋記念館が道の駅「みたら室蘭」として開設されて、その電力を賄うため風車が稼働していました。
初めてピントがあってる。(でも拡大するとボケボケです。フィルムってこんなんだったっけ。デジカメ画像と比較するとアナログブラウン管テレビとデジタル液晶テレビぐらいの差があります。)当時デジカメがあったら撮り直しゃ済んだことですが。マニュアル一眼だったら当時目の良かった私にはピンぼけはあり得なかったけど、当時のオートフォーカスのコンパクトフィルムカメラは一か八かの賭けでしたねえ。
オヤジの家に泊まったんですが、暑くて寝られないという、北海道で初めて経験した熱帯夜となりました。なにしろエアコンはもちろん扇風機すらありません。ニュースでは扇風機が北海道中の電気店から消え去り、青森から緊急「輸入」したと言ってました。思えばこの辺から異常気象が始まったんですね。そういえば蚊が大量発生し蚊取り線香も売り切れたそうです。1992年にここへ引っ越してきた親父によると、「今まで扇風機が必要だったこともなく蚊取り線香を焚くこともなかったのに。」だそうです。
本日の走行距離 地図からの推測距離 自宅>舞鶴約200Km、小樽>長万部経由室蘭約320Km
本日の獲得カントリーサイン
長万部町、八雲町。まあ初めてのことですから。
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こんにちは、
道の駅「スペースアップルよいち」ですが、`16の8月に行ったときは営業してました。
道の駅のイメージと言うよりも昔ながらの商店の雰囲気でした。
by SANGO22000 (2019-11-21 20:05)
SANGO22000さんありがとうございます。
よく調べたら会館当時に核となっていた余市宇宙記念館だけの閉館でした。ということは今はあの宇宙の資料館みたいなのがないんですねえ。ちょっと書き直します。
by MHR (2019-11-21 22:16)
こんにちは、
一度閉館に追い込まれた施設を町営で復活させるってすごいことだと思いました。
町としても並々ならぬ思い入れがあったのでしょうね。
by SANGO22000 (2019-11-22 19:24)