2002年8月15日 ヤマハGTS1000で行く北海道ツーリング 根室市営キャンプ場>北見市ビジネスホテル 道内3日目・・・・あれ? [北海道ツーリング]
2002年8月15日 曇り 23度。6時30分起床。
腰が、腰が痛いー。起き上がれません。昨日の立ちごけのとき踏ん張った影響が今頃出てきました。しばらく体操をしてなんとか復活しました。和商市場で買ったむしまんじゅうで朝食。
8時出発。オド28815Km。このキャンプが根室市営キャンプ場での最後のキャンプとなりました。(2005年閉鎖)
と、ここまで書いていて次にアップする予定の写真をチェックすると・・・・・。
あれ、メモと写真の数が合いません。最初はただ写真を撮ってないだけだと思いましたが、15日の最後の写真がオホーツク海側の知床半島の付け根の標津町、そして16日の最初の写真が日本海側の当別町。しかも途中の三国峠で写真を撮ってもらったとメモには書いてあるのにその写真がない。
右の矢印が15日の標津町。左の矢印が16日の当別町です。いやおかしいでしょ。だってほぼ北海道横断だよ。絶対写真撮ってるわ。(黄色く塗ってあるのはこの旅が終了した時点で、今まで獲得したカントリーサインのある市町村。白い部分も後のハイゼットの旅で道南の白い部分以外ほぼ獲得しました。なおこの地図は合併後の179市町村のものです。全部塗りつぶせば合併前の212市町村全部行ったことにもなりますが、当然消滅したカントリーサインの獲得はもうできません。この2002年の旅でも、現在もう見ることのできない消滅前のントリーサインがいくつかありました。(写真に注釈つけてます。前に記事も含めてここまでにいくつか出てきましたね。)
で、一度APSフィルムのホルダーを点検してみました。華々しく登場したAPSシステムの時代はデジカメの発展にあっという間に追い越されたため、これが今までAPSフィルムで撮った全部です。2002年の今回のツーリング写真が最新、つまりAPS最後のフィルムだったということが今回のチェックでわかり戦慄しました。最初のフィルムの日付が1999年なのでたった3年の寿命?
と思ってたらこれが出てきました。社員旅行で行ったタイ旅行。これが正真正銘APS時代の最後の1本です。つまり私のAPSカメラとの付き合いはたったの5年。その前の、ヤシカのエレクトロ35から始まった35mmフィルム時代はキャノンA1、ニコンFM、ニコンF3と一眼レフで20年間彩られながら、コンパクトカメラ、富士フィルムのティアラであっさり終了し、コンパクトデジカメ、携帯カメラ、スマホカメラと新世代のカメラにに取って代わられていきました。
さて、APSフィルムは35mmフィルムのようにスリーブに入ったネガが戻ってくるのではなく、カートリッジまるごと戻ってくるため中を見ることができません。なのでカートリッジに6桁の番号が振ってあります。これの場合は416-615。
で、現像の済んだフィルムカートリッジにはこれがついてきます。インデックスプリントといいます。本来このAPSシステムのため開発されたものですが、後に35mmフィルムにも採用されました。ただ35mmフィルムにないのが先程の6桁番号。
この番号です。このフィルムは25枚撮りなので、カートリッジと同じIDのインデックスプリントには25コマの縮小写真が1枚にぎっしりプリントされているのです。IDの下にはそのフィルムの最初の写真と最後の写真を撮った日付が記載されます。(これはカメラからの情報をフィルム面に磁気記録してるのです)これが今回カートリッジの整理に役立ちました。
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